2021年7月3日静岡県熱海市伊豆山地区土石流(泥流)の再現解析(第1報)

2021/7/12

松島亘志(筑波大学システム情報系構造エネルギー工学専攻・教授)

静岡県熱海市伊豆山地区において2021年7月3日午前10時30分ごろに発生した土石流(泥流)に関して,被災された方々に心よりお見舞い申し上げ、1日も早く元の生活を取り戻せますように祈念いたします。本報では,毎年のように繰り返されるこのような土砂災害の軽減を目指して,発生した泥流の再現解析を行ない,その要因について分析します.

1. 解析手法について

本解析はDIPM(Depth-Integrated Particle Method)と呼ばれる手法を用いました.この手法では,流動の深さ方向に積分平均を取った支配方程式(浅水流方程式とも呼ばれます)を粒子法で離散化して解析を行ないます. このような手法はいくつか提案されていますが,本手法では特に,計算粒子同士の相互作用の計算を近傍粒子との2体間相互作用の重ね合わせで表現することにより,少ない粒子数で安定して解析を行なうことができるのが特徴です. これにより,今回実施したような流動解析を,1回につきPCで数十秒で実施することができ,計算条件を変更して多数の解析を短期間に実施することが可能となります. また,本解析では,設定する流動物性値として,Manning(マニング)の粗度係数n(流路底面の状況によって決められる物性値),計算粒子の高さh(流動土砂の厚さに相当),流動が停止する斜面角度θcr(いわゆるビンガム流体モデルの降伏応力に相当)の3つのみに限定し,詳細な土砂の材料物性値なしに解析を実施することができる点が特徴です. ただし,逆に言えば,本手法は精度を追い求めた解析手法ではなく,後述するように,土砂災害危険区域の危険性を,統計的に評価するための手法となります.

解析手法の詳細については,文末の参考文献[1-5]をご参照ください.また,一般的な土砂動態現象については文献[6]をご参照ください.

2. 本解析のモデルについて

今回の解析は以下のような手順で行いました.

(1) 国土地理院基盤地図情報(数値標高モデル)の5mメッシュデータベース[7]から,解析領域の標高データを取得しました.領域範囲は,北緯35.1065°〜35.1269°,東経139.0609°〜139.0884°で,東西2,330m, 南北2255mの長方形領域としました.

(2) 土砂崩壊箇所の設定

(2-1) 2.1節の解析に対しては,国土地理院災害対応「令和3年(2021年)7月1日からの大雨に関する情報」[8]における,崩壊土砂領域および崩壊土量(約56,000m3)データより崩壊土砂位置を設定しました. なお,この土砂位置は[8]で調べられている,実際の崩壊領域と完全に整合してはおらず,近傍領域で傾斜の大きい箇所を判別し,全体の崩壊土量が56,000m3に近くなるように崩壊角度を設定することで対応させています. 実際の崩壊領域に整合させるためには,数値標高モデルの修正が必要で,その手間を省いています.

(2-2) 2.3節の解析に対しては,解析領域内で限界斜面勾配を決め,その角度以上の斜面上に土砂粒子を配置しました.

(3) 土砂流動物性の設定

(3-1) Manningの粗度係数nに関しては,河川工学において標準的に用いられる値[9]および既往の解析事例[2-5]により,すべての解析でn=0.1に統一して用いました.

(3-2) 計算粒子の高さh (流動土砂の厚さに相当)については,国土地理院で評価した崩壊土砂の厚さ(5m〜10m程度)[8]および報道写真での堆積土砂厚さ(数m程度)から,h=5(m)としました.

(3-3) 流動が停止する斜面角度θcr(いわゆるビンガム流体モデルの降伏応力に相当)については,既往の土石流・泥流の被害調査から,数度〜10度程度という報告がなされています[10]が,流動土砂に含まれる水の量によって大きく変化すると考えられます. これを流動物性の変数として解析を行いました.

(4) DIPMによる流動解析

解析は上述のパラメータを用いて実施しました.用いたPCはAMD Ryzen 9 3950X 16-core 3.49GHzです. DIPMプログラムはfortranのプログラムで,Intel fortranにてコンパイルを行ない,Microsoft Windows10上で計算を行ないました.

(5) 降雨集水解析

上述の土砂流動解析とは別に,解析領域に均等に配置した雨粒子の流動解析を行ない,集水地形の影響を検討しました.なお,ここでは雨水の地面への浸透は考慮していません. (降雨浸透現象は地表面の状態や地盤物性,また降雨強度などにも関連する難しい現象で,多くの研究事例はありますが,物性値が不明なことが多く,簡易解析への導入は今後の課題です.)

(6) 解析結果の描画

  解析結果はpythonプログラムによりgoogle earthより取得した衛星画像(崩壊前画像)に重ね合わせて表示しました.

3.解析結果

図1は,上述の流動物性値のうち,流動が停止する斜面角度θcrを変更して解析を実施し,発生から10分後の泥流の通過領域を示しています. このθcrは,土砂中の水分量と密接な関係があると考えられ,水分量が多いほどθcrの値は小さくなります. 図を見ると,θcrが10°以下では,流動土砂は市街地までは到達せずに止まっていることがわかります. 逆にθcrが5°の場合では,海岸近くまで相当量の土砂が流れています.

国土地理院の調査データによれば,斜面に沿った傾斜角度はおおよそ11°程度となっています. 本計算で用いた標高データでも同様の値となり,市街地に入る前がやや急で,その後10°程度と小さくなっています. そのため,θcrを10°と設定した結果では,市街地に入る前に流動が止まっていると考えられます. それほど多くの土砂を含まない土では,崩壊したときの安息角(安定した後の斜面角度)が30°程度となることが知られています. 一方,水分が多く,土の間隙が水で満たされたような状態では,崩壊によって土砂が流体化し,長距離流動することが知られています. 今回の場合,国土地理院の調査データ[8]による流動領域(図2)との比較と行なうと,θcr=7.5°程度で,実際に近い流動の様子が得られました. これにより,今回の流動土砂は,定量的な議論は難しいものの,相当量の水分を含んでいたと考えられます.

図3は,もっとも妥当と考えられる物性値(n=0.1, h=5(m), θcr =7.5(deg))を設定した時の,流動土砂の運動の様子を示しています. 土砂は,源頭部での崩壊から谷筋の逢初川に沿って流れ,1分強で市街地に到達し,その後市街地を突き抜けて約5分後に海岸まで到達しています. 図4は各ケースの土砂の最大速度および平均速度の時刻歴を示していますが,θcr =7.5(deg)のケースでは,市街地に到達した時におおよそ7〜9(m/s)程度の速度で流れていることがわかります. これは,逢初橋付近で撮影された動画から得られる流速とほぼ一致しています.

4. おわりに

本解析では,災害が発生し,崩壊箇所が特定されている状態での解析であるため,ある程度の流動現象の再現が可能となります. このような事後解析を重ねることにより,パラメータの範囲を狭めていき,予測解析につなげていこう,というのが研究の目的です. しかしながら,「どの斜面が」「いつ」崩壊するかを予測することは非常に難しい問題です. それは,地盤材料が自然の材料であり,その力学的物性が場所や深さによって異なり,それを全て調べ尽くすことが難しいためです. (ただし,今回崩壊したと考えられている盛り土は人工的な土構造物であり,適切な設計,施工,管理により,かなりの程度崩壊を防ぐことが可能です.)
これに対する対策としては,様々な斜面崩壊のシナリオを考え,それぞれについて,前節のような流動解析を行い,それらを総合して危険度の確率マップを作成することが考えられます. 現在,土砂災害防止法に基づき,各自治体で(1)急傾斜地,(2)地滑り,(3)土石流,に対して,特別警戒区域や警戒区域が設定されていますが[11],それらの指定の根拠としても,このような解析による確率的評価は有効です. また,自治体が,どの危険箇所から優先的に対策工事を行なうかを決める上でも,危険度評価は役に立ちます. 更に,対策工事の有効性の検証にも,ここで紹介したような解析は役に立ちます.
なお,本解析は詳細な被害調査前の限られたデータを用いているため,今後の調査結果によって,計算条件等が変わる可能性もあることをお含み置きください.

参考文献

[1] ホァン・ジャクェン、松島亘志、山田恭央:衛星画像から得られる2.5mメッシュ標高データを用いた土砂流動解析, 地盤工学会関東支部発表会講演概要集,427-431, 2009.11.

[2] Nakata, A.M., Matsushima, T., Statistical evaluation of damage area due to heavy-rain-induced landslide, Computer Methods and Recent Advances in Geomechanics (IACMAG), Oka, Murakami, Uzuoka & Kimoto Eds., Taylor and Francis, 1523-1528, 2014.

[3] Zhang, N., Matsushima, T., Simulation of rainfall-induced debris flow considering material entrainment, Engineering Geology, 214, 107-115, 2016.

[4] Zhang, N., Matsushima, T., Peng, N. (2018). Numerical investigation of post-seismic debris flows in the epicentral area of the Wenchuan earthquake, Bulletin of Engineering Geology and the Environment, https://doi.org/10.1007/s10064-018-1359-6, 2018.

[5] Edris, A. M., Matsushima, T. (2019) Evaluation of soil properties of natural slopes from case histories and GIS, Proc. International Conference on Computational Science 2019, Singapore, 8p.

[6] 松島 亘志・成瀬 元・横川 美和編著・東 良慶・今泉 文寿・佐々 真志・田島 芳満・知花 武佳著,土砂動態学―山から深海底までの流砂・漂砂・生態系― ,ISBN:978-4-320-04735-8, B5 / 312ページ.

[7] 国土地理院HP: 高精度な標高データ (2021/07/09確認)

[8] 国土地理院HP: https://www.gsi.go.jp/BOUSAI/R3_0701_heavyrain.html#10

(2021/07/09確認)

[9] 土木学会編:水理公式集 2018年版

[10] たとえば高橋保著,土石流の機構と対策,近未来社.2004.

[11] 国土交通省:土砂災害警戒区域等の指定状況, https://www.mlit.go.jp/mizukokudo/sabo/linksinpou.html(2021/07/09確認)